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人生は、ネタだらけ。

こんにちは、ななを。です。

 

 

 

 

これは、椎名林檎の「人生は夢だらけ」。

 

今日の題名は「人生は、ネタだらけ」。笑

 

 

 

 

最近、西野亮廣さんのオンラインサロンに入会しました。

毎日2000文字近くのコラムと、西野さんが企画している企画について知ることができます。

(参考:西野亮廣オンラインサロン

 

 

 

 

 

このコロナ騒動の中で、最後の投資になるかと思いますが、前向きな姿勢のコラムを毎朝読むことができ、入って良かったと思っています。

また、様々な企画にも参加できるようで、今後が楽しみです。

 

 

 

そんな西野さんが言っていた言葉「大切なのは物語性」、そして最近ラジオポッドキャストを聞いている言語化力の三浦崇宏が言っていた言葉「人生はネタだ」という言葉。山口周さんの「何でも『ネタにする』。ネタ思考はメタ思考でもある」という言葉。

(参考:山口周取材

 

 

 

今日話す内容は上記二人の言っている趣旨とは異なるけれど、

「私の人生はネタだらけ」というお話を今日はしたいと思います。

茶番です。笑

 

1、「人生ネタだらけ」に気づかされた関西での大学生活

 

実は関西の大学進学は、私にとってかなり予想外のことだった。

小学生の頃から「東京に出たい」という思いは変わらず、受験も第一志望校は東京にある大学。

 

そんな中滑り止めで受けていた大学への進学が決まった4年前。

私の関西のイメージは毎週末見ていた「吉本新喜劇」と、修学旅行で行った京都の景色だった。

 

・浪人生とバレた話。

私自身、毎週末吉本新喜劇を見ていたくらいなので、面白いことには貪欲であると自負している。

そんな中、私にとっての浪人生活はある意味「ネタ」になっていた。

でも入学当初、なんとなく年齢は言わないでおいた。

 

 

そんな中、高校時代の話になった時

 

「数Cまでやった」

 

という話題になった。

 

 

そこで判明した浪人生。

そう、指導要領が現役生たちとは違ったのだ。

なんたる穴!

 

 

 

別に隠していたわけではないが、そこで知られることとなった浪人。

知られ方がなんとも絶妙に恥ずかしかったのは、今でもいい思い出である。

・実際浪人どうよって話。

しかし、周りの友達はそれからも普通に接してくれていたし(多分)、実際自分の中でも浪人はさせてもらえて本当に良かったと思っている。

 

 

 

 

先日お話しした友人にも会えていなかっただろうし、受験に際してお世話になった先生にも会えていなかっただろう。

何より2年間の浪人の間、音楽以外は何もしないような生活をしていたため、本当に音楽に真剣に向き合う時間をもらえたことは貴重だった。

 

 

 

 

でも改めて「浪人いいよ」なんて言ったら贅沢すぎるし、言い訳がましいのでここらへんでやめておく。

・2ヶ月連続骨折した話。

そんな中、大学3年の夏に骨折をした。

これまた、人生初の骨折だったのにも関わらず左足骨折の1ヶ月後、右足を骨折するというまさにネタである。

 

 

しかも数日後に試験伴奏を控えていた。

 

 

 

松葉杖を付き、左足だけでペダルを踏んだのはまたいい思い出であるし、

ギプスしたまま大津花火(約35万人が集まると言われている)に行ったのもまた、いい思い出だ。

 

・大学最後の夏休みに、入院した話。

1年後の大学4年生の夏休み。

 

今年こそ夏休みを謳歌するんだ!と思っていた矢先、入院が決まった。

検査から半年後、ということもあって心構えはできていたのだけれど、実際術後すぐは生きている意味はよく分からなくなったのは事実である。

 

 

まぁそんなことは置いておいて、その入院生活で、「隣の部屋のおじちゃん」と仲良くなれたのがいい思い出なのだ。

本当に本当に素敵な人だった。

 

詳しく知りたい方はこちら↓

 

そして私のために泣いてくれた人がいた。出会って間もない看護師さんだったのに。

なんだか訳がわからずティッシュをあげたことだけは覚えている。

 

 

 

生きた心地がした入院生活だった。

・「おもろい」ことをシェアしていきたい

こんなことを語っときながら、とにかく悲壮的なことが好きではないので、常に「おもろいやん」ということをシェアしていきたい。そう思っている。

基本的には前向きなことだけを発信していきたい。

でも入院生活前、闘病ブログは心の支えとなったし、参考になった。

なので時々、この「ネタ」から学んだことをシェアして、結果何かポジティブに、共感するだけ、何か感じるだけでも誰かのためになればな。と思っている。

 

 

 

 

 

おこがましいか。笑

 

 

 

 

 

私自身、高校の時に「今私がいなくなっても、世界ってまわるし、誰も困らないんだよなぁ。」と思ったことがきっかけだったんだけれど、まぁそんなことはどうでも良くて、「中二病だったのかな?」と、今では笑い話なのである。

 

 

2、最後に

こんな私の日々をポジティブにしてくれていた友人は、いつも

「わろた。ネタやん。」

と言っていた。笑

 

 

 

 

おかげさまで上記の「ネタ」については、なんでも喉元過ぎれば熱さを忘れ、栄養だけいただくことにしている笑

 

 

 

 

 

まぁ、なんと言ったて、とにかく私はシェア・ハピしていきたいので、今日もまた【つまらぬものを作ってしまった】というわけで、動画をシェアして終わりたい。

 

また明日。

 

〜今日の小話〜
「勉強できない奴は存在価値ない」と言われていた高校生活。
今思えば反省すべき点はあるけれど、それ以上に、勉強が全てじゃない。
そう子供たちに伝えていけるような人になりたい。

 

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