な な を 。 の 制 作 本 棚 へ よ う こ そ 。

多重録音の流行。

こんにちは、ななを。です。

 

 

 

 

外出自粛、イベント等の自粛によって、

楽器をやっているアマチュアからプロまで

様々な人たちがネットに演奏動画を載せるようになりました。

 

 

 

ただの自己顕示欲じゃん。

本当の芸術じゃないんじゃない?

なんか辛さ紛れでかっこわるい。

楽しいからいいじゃん。

楽しい時間をシェアしたいだけ。

誰かが面白いって思ってくれたらそれでいいじゃん。

いやいや、ちゃんと音楽やってる。

これはこれで一つの形。

 

 

 

 

様々な意見があります。

そんな中私も多重録音の動画を上げました。

 

 

 

私の動画を上げる意味と

私が思う多重録音についての思いを書いてみようと思います。

 

 

(これは、誰かを批判したり攻撃したりする文章ではなく、自分の中での思いとして綴ったものです。)

 

1、多重録音の思い出

 

今日はこの動画を上げたのだけれど

【多重録音】プーランク 六重奏曲 (Poulenc/Sextuor)

 

実は私の重ね録音は初めてではない。

 

実は3年前の作曲の授業で多重録音を使って

(姑息な手な気もするけれど)連弾の作品を書いた。そして録音した。

 

 

 

また、遊びで連弾の曲を一人で弾いたり、

アンサンブルの曲を一人で弾いてみるのは

実は数年前から趣味だった。

 

 

 

思い返せば「アンサンブルピアノ」という

電気を通した楽器での重ね録音は、幼稚園の時からの遊びだった。

 

 

 

そんな多重録音がなんとなく流行ってきた。

 

 

 

私にとっては、遊び道具としての多重録音だったし、

それは真の芸術かといはれれば、そうは思っていなくて、

ただ自分の思い通りにたくさんの響きを得られるのが快感だったのだと思う。

 

 

 

一方で、作曲家カプースチン の楽曲CDで、一部多重録音で収録されているものがある。

 

 

 

その録音は、メトロノームに合わせて収録され、発売されている。

 

 

 

 

その方はカプースチンについて研究しており、本人とも交流がある。

 

 

 

 

その人にとっての多重録音は遊びではなく、

楽曲を広めることに焦点が置かれているのだと私は感じているし、実際十分に楽曲を楽しむことができる。

 

 

 

また、このお題の意図とは逸れる気がするが、

ポップスのCD録音はオーケストラと、歌手は別々に収録するのが普通だ。

 

 

2、私たちは何のために演奏するのか

 

多重録音に批判が生まれるのは、

まず、クラシック音楽の特にアンサンブルの楽しみ方として、生の掛け合いがあるからこその面白さがあるのだと思う。

 

 

また、重ね録音は、実際のアンサンブルよりも不自然な間が生まれたり、掛け合いができなかったり、「音を聞く」という行為ができないからだろう。

 

 

イヤホンをしながら収録することが多くなるので、耳を塞いでしまえば、他者の音は愚か、自分の音も聞こえない。

 

 

メトロノームに合わせれば不自然に規則正しく、

音源に沿わせれば、それは真似っこでしかなく、

一人でただ弾くだけでは、独りよがりの演奏になってしまう。

 

 

 

ここで一度考えたいのが、何のために演奏しているのか。

 

 

 

最近友人が教えてくれたテレビ番組で

「どのレベルで魂売ってることになるのか」

と、歌舞伎役者の尾上右近さんが言った言葉が思い出される。

(2020年4月28日 グータンヌーボ2より)

 

 

実際、流行にただ乗って録音している人もいれば、

この悶々とした日々の中で少しでも楽しいことを見つけようとし、それをシェアしようという人もいるだろうし(星野源のうちで踊ろうはその一つだろう)

一つの挑戦として、新しいことをやってみるチャレンジしてみた人もいるだろうし

 

実際素晴らしい音楽をやっている人も中にはいる。

それは、芸術面かもしれないし、エンターテイメントかもしれないし、他のジャンルかもしれない。

 

 

けれど、皆それぞれ何かを表現したくてやっていて、それ以上でもそれ以下でもないのではないだろうか。

 

自己顕示欲なんてあって当たり前だし、無ければないでそれでいいんじゃないだろうか。

 

 

なんだかオンライン上ではその気持ちが見えないが故に、少しピリピリしてしまう雰囲気を感じてしまう。

 

 

正直表現する側は人の目など気にせず(良い意味で)好きに表現したらいいのではないだろうか。

 

 

一人の人間が、伝統あるクラシック音楽と真摯に向き合うとはまた別軸の楽しみ方をしはじめても、それはそれでいいんじゃないだろうか。

 

 

その人からクラシック音楽への尊敬や、想いが消えていないのなら。

 

 

 

3、多重録音をやってみて

 

友人たちとの多重録音を経て、様々な発見があった。

 

今一度作品を勉強する機会にもなったし、

生演奏じゃないからこそ見える「その人が大切にしているもの」が見える瞬間もあった。

 

 

次回、反省会をやる予定だ。

私以外がどう感じたのか、聞くのが楽しみだ。

 

 

人には人の表現があって

それを受け入れてる人がいて

あなたにはあなたのやりかたがあって

それでいいんじゃないかなぁ。

 

 

なんて思うのは、お節介でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。

 

 

 

〜今日の小話〜

なんと今日はパソコンが繋がらず…結局携帯で更新…。

文章の前後が見えにくくて、終始何を言ってるのか自分で分からなくなりましたとさ。笑




先ほど友達から「緊急地震速報が怖くて!!」と電話がかかってきた。笑

仮にもしこの最後だとしたら、話せる相手が私で良かったのだろうか、と心配した私は、心配な方向性を誤っている気がする。そこじゃない。笑

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