な な を 。 の 制 作 本 棚 へ よ う こ そ 。

私がいなくなっても、世界は回るのだと気づいた日。

こんにちは、ななを。です。

 

 

 

 

タイトルが厨二病ぽくて、鬱陶しいですね。

 

 

高校2年生のある日、

「あぁ、私っていなくなっても誰も気づかずに世界回るんよなぁ。」

ってふと思って、

2日間学校で一言も喋らないチャレンジを一人開催して、

一言も喋らなくても難なく生活できてしまうこと

誰にも話しかけられないことで

 

自分の存在意義がよくわからなくなった日がありました。

 

 

 

 

 

 

 

何をやっているんだか。

気持ち悪いですね。笑

 

 

 

 

 

そんな、痛い思考の

ちょっぴり昔の話をします。

 

 

1、スケールが壮大すぎる

 

だいぶひねくれた性格であることは

タイトルから分かるだろう。

 

 

 

 

何にしても、スケールがでかい。

 

 

 

 

高校2年生のその日まで、

自分が世界を回す一員とでも思っていたのか、

ということが信じられないけれど、

今は、回す一員になる義務が回ってきたこと

つまりは社会人になった事を信じたくない。

が、受け入れるしかない。

 

 

 

 

 

それはどちらにしろ幼稚な発想ではあるけれど

誰かに必要にされなくても良いから

存在だけでも認識して欲しいという自己顕示欲は

なんとなく意識して生まれてきたのはこの頃の気がする。

 

 

 

 

 

なんと贅沢な野望。

 

 

 

 

 

 

大衆の中の一人なのに

大衆の中の一人になるのはいやで

でもひとりっきりになる勇気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでまぁこんな思考をしてしまう人間になったんだろうと

思うけれど、今更思ったところで変わりはしないから、

仕方がないか。

 

 

 

 

 

 

 

よくいる

「頭お花畑」「ファンタジーの世界の悲劇のヒロイン」

みたいな痛い部類に入りそうなこの考えは

いつまで経っても消えないので

そろそろどうにかしたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしまぁ、その日からその考えは1日も抜けていない。

 

 

 

 

 

 

尚且つついでに

今死んだら、誰か困るだろうか。

何か生きた意味が残るのだろうか。

というおまけもつき始めた。

 

 

 

 

 

 

 

昨年夏に死にかけたみたいだけれど

苦しい中でも「あぁ、余計な金がかかってしまうな」

くらいにしか思わなくて

死にたくない。とかいう気持ちはどこにもなかったのが

恐ろしくもある。

 

 

 

 

 

 

最近思うのは

死ぬときに、

「ああ死にたくないな」

と思えるような人生にしたいということだけが

最近の行動基準になり始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな、何のために生きてるんでしょうか。

 

 

2、趣味に没頭したがるのは

 

 

おうち時間の過ごし方は

かなり趣味に費やしてしまっている。

 

 

 

趣味に費やしたくなるのは

ただ単に、趣味が好きだからだけれど、

何かしら自分にしかできないことを

探したいという気持ちがあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

今日見かけた記事で、

「人間が最も生きがいを感じるのは、

自分がしたいと思うことと

義務とが一致したときだと思われる」

 

 

 

 

と見かけた。

(この本の引用らしい)

 

 

 

 

音楽をすることは、もっともこれに近く、

最も遠い職業な気がした。

 

 

 

 

 

 

生きやすい性格になる日は来るだろうか。

 

 

 

 

 

おしまい。

 

〜今日の小話〜
コロナ自粛で、思わぬ人と仲良くなれる機会が時々訪れる。面白いなぁと。

そして、このブログを時々友達に軽い気持ちで教えてしまうのだけれど、

最近恥じらいもなく結構変なこと書いてしまい、尚且つ書いたら書きっぱなし。
内容を半分くらい忘れてしまうので、

いつか読み返したら、寒気がしそう。笑

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